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「国際民衆法廷を開こう!」 前田朗さん講演要旨

【1】国際法廷・国際刑事裁判所について

 我々がやろうとしている民間法廷、民衆法廷を理解するに当たり、国際裁判所、これは国連のレベルで行われる実際に権力をもった法廷ですが、それがどんなものであるのかというのを少し見ていただいたほうがわかりやすいと思います。

(1)国際刑事裁判所がいよいよ発足

 ICC、International Criminal Court という国際刑事裁判所がいよいよできることになりました。この法廷も、長い歴史をふまえてようやくここまでたどり着いたということで、国際社会は戦争犯罪に向き合うのに、ニュルンベルク、東京から数えて半世紀かかったわけです。ニュルンベルク裁判でナチスの責任者を裁く、東京裁判で日本軍国主義の責任者を裁く、そしてあわせてニュルンベルグ原則というのを国連は作っています。これが国連の基本原則なんだということを、第一回の国連総会の時に決議をしています。ところがそれが守られてないんですね。
 国際法の本には、よくニュルンベルグの遺産という言葉が書かれています。ニュルンベルグでせっかくたどり着いたのに、国際社会はその遺産をきちんと受け継いでこなかった、という言い方をされています。それを受け継ぐのに半世紀かかったわけです。旧ユーゴの法廷、今ミロシェビッチの裁判になってますが、あるいはルワンダの法廷、それができました。カンボジアについて法廷を作るとか、シエラレオネの内戦について法廷を作るとか言う話も動いてますが、それ以外に地球全体をカバーするものがこの国際刑事裁判所です。これが1998年7月に規定が作られました。この1998年という年は、ジェノサイド条約が作られてからちょうど50年目にあたります。1946、47年にニュルンベルグ裁判、東京裁判をやって、1948年にジェノサイド条約を作り、1949年にジュネーブ条約を作ったわけです。ここまではニュルンベルグの遺産を引き継ごうとしていたんです。ただ、米ソの冷戦の中でそれができなくなって、国際社会はニュルンベルグの遺産を受け継ぐことができなかった。それを50年かかってようやく元に戻って第一歩を踏み出そうとした、それがこの国際刑事裁判所です。ただ、アメリカはいやだとごねてますが。ともかくヨーロッパ、アフリカを中心にこれを作るということにしました。
 
(2)国際刑事裁判所は、何をどう裁くのか

 その裁判所が何をどう裁くのかが「ICCの管轄権」です。ちょっとわかりにくい言葉ですが、管轄権というのは、何を扱うのかという意味です。この裁判所はこの権限を持っています、ということです。その第一に事物管轄、どんな事件を取り扱うのか。第二に時に関する管轄権=いつ起きた事件を取り扱うのか。第三に裁判権行使の前提。こういう条件が必要だということがあります。
 時に関する管轄権、これについては、さかのぼることがないという条件がついています。つまり、この規定が発効した後の事件だけを取り上げるということになっています。いつ発効したかというと、7月1日です。ですからこの裁判所が取り扱う事件は、今年の七月一日以後に起きた事件。それ以前のものは取り扱わないという見解があります。ただ、一方で時効がないということがあります。戦争犯罪には時効がないので、いつまでたってもやるぞということが他方であります。
 じゃあ、どういう犯罪を取り上げるのか。まず、侵略の罪があります。ただ侵略の罪については定義が無いので、実際には適用できない。適用できるものとしては、ジェノサイドの罪があります。ジェノサイドは、日本では集団虐殺とか集団殺害という訳語が使われています。ただ、これは正確な訳語ではありません。集団を殺さなくても、集団殺害が行われているような中で、私がAさんを殺せば私がジェノサイドの罪を犯したということになります。だから一人殺してもジェノサイドの罪は成立する、そういうものです。
 次に人道に対する罪があります。定義が長いので読み上げませんが、一般住民に対する広範な攻撃または系統的な攻撃で、いろんな行為を行うこと。殺人とかせん滅とか奴隷化とか、あるいは拷問とか強姦とかさまざまな性暴力あるいは迫害、アパルトヘイトなどがあり、こういうことを行えば訴追される対象になるということです。
 次に、それ以外の戦争犯罪があります。侵略の罪やジェノサイドの罪や人道に対する罪以外に、さまざまな戦時における戦争犯罪、たとえば民間人に対する殺害とか、あるいは捕虜の虐殺、虐待、民間施設に対する攻撃、宗教施設や教育施設に対する攻撃、そういうものもろもろが戦争犯罪であるという規定がたくさんあります。特にジュネーブ条約にあったわけですが、国際刑事裁判所の規定の中にも詳細に書かれています。ですから、我々が考えている民間法廷も、この国際刑事裁判所規定をモデルにして、こういう犯罪を取り上げようということで考えています。
 次に、国際刑事裁判所の構成ですが、裁判官は一八名で選挙で選ばれます。検察官も任期九年で、法律家その他専門家から選挙で選ばれることになっています。選挙はこの国際刑事裁判所規定を批准した締約国、現在七六ケ国ありますが、その国々の選挙によって選ばれます。日本は批准していませんので、日本からは選ばれません。ただヨーロッパ、アフリカだけということにはいきませんから、アジアからも何とか裁判官を入れたいという話をしているところです。弁護士のことについてですが、このことに関心を持っている弁護士グループが、国際弁護士会を作って弁護士を派遣することにするという準備をはじめています。
 次に、捜査・訴追・公判についてです。裁判の基本的な要件として、犯罪がおきたという可能性があれば、検察官が捜査を執り行う。証拠収集をおこない、必要があれば強制捜査を行う。その上で一定の証拠があると考えれば、この人を被告人として起訴する、ということになります。国際刑事裁判所の場合は、起訴の仕方はこうですよ、というのを書いてあります。我々の法廷では違うやり方になるので、ここのところは必ずしも参考にはならないかもしれませんが。
 それから、ジェンダー・ジャスティスのことについて。東京裁判もそうですが、ニュルンベルグ裁判も、検察官も裁判官も弁護士もすべて男でした。旧ユーゴとルワンダについては女性の裁判官、検察官ががんばってます。とくに検察官の筆頭はカーラ・デル・フォンテというスイスの女性ががんばってます。旧ユーゴスラビア法廷の元の所長はマクドガルドという女性でした。この国際刑事裁判所の法廷もジェンダー・ジャスティスで、裁判官には女性を入れるとか、あるいは被害者である女性を保護する、あるいは証人である女性を保護する、性暴力の犯罪については被害者やその家族のトラウマの問題もきちんと扱いましょう、被害者や証人の安全とか心身の健康、尊厳,プライバシーを守りましょうという規定が入ってきています。これは従来の法廷にはなかった重要なポイントになるかと思います。このあたりが、国際法廷というもののイメージです。今後行われていく国際法廷はこのようなものだ、ということです。ただ我々がやる法廷は、この国際法廷を少し参考にしながら、同時にラッセル法廷その他の従来の民間法廷・民衆法廷、それも参考にしながら進めていきたいと考えています。
 
【3】民間法廷をどのように進めるか

(1)民間法廷の意味…市民の側から国家にもう一つの平和のあり方を示してゆく

 そこで大きな話の三つ目は、では民間法廷ないし民衆法廷をどういうふうに構成して、どういうスケジュールでやっていきたいのか、という意味での、提案も含めての私の考えを取り上げていきます。
 湾岸戦争の市民平和訴訟の時に我々が掲げたスローガンは「殺さない権利」でした。それまで日本の平和運動は「殺されないこと」をイメージしていたけれども、いまや世界の中で日本というのは殺す側、殴る側に回っている。いやおうなしにそういう位置にいる。とすれば、日本政府に対して我々が突きつけるのは、市民の平和というのは殺さない権利である、という言い方をしながら裁判をやってきました。その意味では市民の平和と国家の平和は違うわけですね。現実にはずれている。まったく違うのではないにしても、さまざまなずれ方があります。そのずれた時にどうするのかという時に、市民の側から民間法廷をおこなうことで国家にもうひとつの平和のあり方を示していく、そういう歴史なのだろうと私は位置付けています。
 
(2)国際戦犯法廷の先例に学びながら

 ラッセル法廷とかアジア民衆法廷とか女性国際戦犯法廷、あるいはコリア戦犯法廷が実際行われてきましたので、これらに学びながらやっていけばいいのではないかと考えています。民間法廷のモデルを提供したラッセル法廷は多面的・複合的な法廷でした。バートランド・ラッセルが法廷を準備し始めたのは1965年のことでしたが、66年6月の「アメリカの良心へのアピール」、これは法廷の計画を明示しています。ラッセルのメッセージを受けた南北ベトナムでは調査委員会の活動が本格化し、66年11月、ロンドンで国際法廷設立会議が開かれ、ラッセルを名誉裁判長、ジャン・ポール・サルトルを執行裁判長とし、ドイッチャー(ジャーナリスト・作家)、ボーボアール(仏・女性哲学者)、森川金寿(弁護士)ら20名による法廷が発足しました。第1回法廷は67年5月にストックホルムで開かれました。9日間に渡る被害報告や法律論の討議を受けて、判決はアメリカが国際法に違反してベトナムに対する侵略行為を犯し、純然たる民間施設、学校、ダム、病院などに爆撃を加える戦争犯罪を犯したことを満場一致で認めました。しかし民間法廷は拘束力がありませんので、アメリカの侵略行為は激化の一途をたどったのです。そこで第2回ラッセル法廷は、67年11月から12月にかけて、今度はコペンハーゲンで開かれました。この時には違法な兵器、捕虜・民間人の虐待、ジェノサイドの罪が取り上げられて、その法廷に元米兵の3人が証言台に立ちました。これは当時、国際的にもたいへん大きな影響を与えたということです。
 日本政府の共犯性についての有罪判決が出たわけです。これは森川金寿裁判官が、第1回目の時はそこまで十分準備ができなくて出してなかったそうですが、第2回の時に、じゃ日本政府も共犯者である、これをぜひ入れてくれということで提起をして、そうなっていったわけです。67年8月、日本でも東京法廷が開かれました。そのフルネームは「ベトナムにおけるアメリカの戦争犯罪と日本政府・財界の協力・加担を裁く東京法廷」、こういう名称で東京法廷が開かれています。その他いろんな集会も執り行われていますが、それ全体の総称を「ラッセル法廷」あるいは「ラッセル・アインシュタイン法廷」という呼び方をしています。大きなものとしては、これが最初の民間法廷だったんですね。その後の法廷は、これに学びながらやってきています。女性国際戦犯法廷も準備する時に、まっさきに森川金寿先生に来ていただいて、どういうふうにやったんですかと言うふうに話をお伺いし、森川金寿著「ベトナムにおける戦争犯罪の記録」という本なども参考にしながらやっていったわけです。
 
(3)具体的にどう進めるか

A 民間法廷の根拠
 じゃあ、どんなことを検討して具体的にどんなふうにやっていくのかという話です。まず民間法廷の根拠を明らかにしておかなければいけません。国家の裁判所が裁判をできるというのは、刑法や刑事訴訟法や裁判所構成法という法律があって、それに基づいてできるわけです。日本国であれば、日本国民の主権があって、それに基づいて憲法が作られて、その憲法のもとに法律があって、だからできる。国民の主権の行使として裁判ができるわけですね。そういう正当化の根拠が必要です。それをどこに求めるのか、ということです。これは女性国際戦犯法廷の準備の中でもずいぶん議論をしたんですけれども、我々の民間法廷、民衆法廷では、それは人民の名において行う以外に手は無い。国家という組織、あるいは国際機関という組織による法廷ではないわけですから、人民の名においてやるしかない。したがって、その根拠というのはあらかじめ与えられてはいない、ということです。また同時に私たちはアフガンの被害者を勝手に代弁して代行してやることはできない。そんな勝手なことはできないわけです。彼らを代弁、代行するわけではない。我々自身の責任において我々自身の任務としてこの法廷をやっていく、ということになるだろうと思います。外に正当化の根拠を求めることはできない。具体的にここに見えるこれが根拠だということは無いわけです。この法廷に関わるすべての人々の意識の中に、その法廷の主体としての意識を持っていただくということしかないだろうと思います。したがって、その意識を持たない人から見れば、なんだあんなもの、何の正当性もない、と言われるだけでしかない。残念ながらそういう性質のものです。ただそれで良いのだと、私は考えています。

B 訴追の形式
 次に訴追の形式=どういう形式でやるのか、ということです。三つあげておきました。ラッセル法廷は訴訟モデルを採用しています。湾岸戦争のクラーク法廷は、これは一言でいえばシンポジウムモデルを採用しています。アジア民衆法廷は長期間にわたる市民運動、戦後補償運動という形で運動モデルでやっていった。私はそういう三つの分け方をしているんですが、この訴訟モデル、シンポジウムモデル、運動モデル、どの裁判もこの三つの要素を持っていますが、ラッセル法廷は特に訴訟モデルという性格が強いだろう思いますし、アジア民衆法廷もこの三つの局面を持っていますが、特に運動モデルとしての性格が強いかなと思ってます。我々の法廷もこの三つを念頭に置きつつ、私自身の意識としては運動モデルでやっていきたいと考えています。運動モデルでやることの意味は、ラッセル法廷というのは、これは我々がやろうとしているものと大きく違うんですけれども、当時の超有名な国際的に代表的な知識人たちが言いだして、知識人たちが集まって、全部やった法廷なんです。そういう法廷ももちろん重要だし、歴史的に意義があるし大切なのでいいんですが、私が考えているのは、知識人や法律家が先頭に立ってそれで全部やってしまうような法廷は、むしろよろしくない、ということから考えて、二月に提案しました。むしろ一般の民衆が自分たちで作り上げていく、そういう運動としてやりたい。もちろんラッセル法廷に大きく学びますが、そこのところは違うということを考えてます。アジア民衆法廷のやり方が参考になるかな、と思います。アジア民衆法廷のほうは判決まで出しました。判決文もみんなで文章を書いて作って発表してますけども、そこまでの成果をもう一回フォローアップしながらやりたいと思ってます。

C 訴追の対象
 次に訴追の対象についてです。誰を、何を訴えるのかということですが、ラッセル法廷は、アメリカ政府や日本政府を訴えていました。それに対してたとえば女性国際戦犯法廷は、裕仁とか東条英機とか、具体的な名前の被告人、但しすでに死んだ人間をあげていました。アジア民衆法廷は、日本軍、日本政府の責任追及というやり方をしていました。クラーク法廷も、アメリカ政府というのをあげてましたが、同時にジョージ・ブッシュ・シニアの方をあげていました。やり方は色々あると思うんですが、ただ先ほどの国際刑事裁判所規定にあるように、刑事裁判、刑事責任を追及するということであればやはり基本は個人です。ですから我々の法廷でもまず第一には、ジョージ・ブッシュという一人の具体的な人格、その存在を念頭において訴追をしていくということだろうと思っています。

D 裁判所の構成
 その次に、裁判所の構成、誰がどうやるのかという問題です。当然裁判をやるからには、検察官と裁判官と弁護人が必要になってきますし、また国際刑事裁判所などには有りませんけれども、アメリカの国内法廷であれば、陪審員という制度が別途あります。
 一人すでに決まっているのは、私が検察官であるということですね。私が起訴状を書いたわけですから、私は検察官になる以外にない、私が弁護人になることはできません。ある程度のメドをたてた段階で希望者、候補者を募る、あるいはお互いにやったらどう、という感じでやっていけばいいのかなと思っています。さきほど知識人主導の法廷ではないといいましたが、もちろん知識人の協力は必要ですから、ジャーナリストや法律家の協力も求めますが。裁判官についても全く同じです。判決の場合には、現在の国際法の水準に従って、一定の理論的水準のある判決を書かなければいけませんから、その意味においては特に法律家の協力を求めなければいけないので、当然必要になってきます。ただ、事実、証拠、これを提出するということについては、何も法律家でなくたって、ジャーナリストやNGOや我々の調査でできるわけですから、みんなで作り上げていけばいいだろう。やりたい人間が率先して責任をもってやっていく、ということでいいのだと思っています。その意味では検察官に資格はいらない。裁判官に資格はいらない。もちろん、一定の資格をもったプロフェッショナルにも協力をしてもらう。そういうやり方でいいかなと考えています。

E 公判
 次に公判です。先ほど、捜査・訴追・公判とあげましたが、捜査の部分は我々が情報収集をやる、ジャーナリストの情報を提供してもらう、NGOが集めた資料、国連が作った資料がありますので、それらをもとにやっていくわけですが、起訴をしてその次公判をどうするのか、ということです。起訴状はもう発表しましたから、次はもう公判ですので、もう公判準備にすでに入っているということになります。第一回公判が10月5日大阪、第2回が10月6日東京、その他各地でやっていくことになります。その都度各地で公判をして、いろんな報告、証言を集めながら情報をみんなで共有してゆく、整理してゆくという作業だろうと思っています。その意味で公判というのは、ある時は東京で、ある時は大阪で、ある時は札幌で、ある時は那覇で、それぞれの地域の人たちが作っていく。その集会、シンポジウム、それを順次公判として位置づける、というふうに考えています。それを私が当初から言ってる言葉で言うと、同時多発法廷とか、連続法廷ということになるわけです。まあ、さすがに同時多発は難しいんですけれども、連続でこの10月、11月に取組みながらやっていく。それぞれきちんと記録を残しながら受け継いでゆく、そういう意味ではリレー公判ということになるかと思います。各地にいるジャーナリストやあるいはNGOで、アフガンに入った人、先ほどの青木さんも居ますけれども、そういう人たちを次々と呼んで、それぞれの見てきたこと、聞いてきたこと、あるいは写真、ビデオ等も含めてどんどん提供してもらいながらやっていく。そういうことでいいのだろうと思っています。

F 証拠
 次に証拠です。ここが、先ほどベンジャミンさんから、ちょっと弱いわねと言われたんですが、我々一度ペシャワルへ行って来ました。明日からまた行きます。そして九月にアフガンで調査します。ただやっぱりそのくらいの短期間の調査で集めた証拠でやるのは、裁判としてやるのはちょっと弱い。これは確かに彼女に言われた通り弱いです。ただ我々自身が集めた証拠だけではなくて、メディアもそれなりにいっぱい集めてきたものが有るわけですから、その資料を整理するとか、いろんな作業ができます。たとえば旧ユーゴスラビアのミロシェビッチに対する起訴状というのは、起訴状本文のうしろに「この村ではこの人たちがなくなった」という死亡者の全リスト、何月何日誰がどこで死んだか、年齢は何歳というリストがついています。本当はそれができればいいんですが、それはいまのところちゃんとしたものができない。もちろんこれから調査もしますけれども、いつ何がどこであったのかは、報道されたもの、NGOが持ってる情報、ジャーナリストが報道はしてなくても様々報告している情報、もちろん政府の情報、そらから国連の情報そういうものをかき集めてくるということになります。あるいは、アメリカではマーク・ヘロルド教授が被害者の推定数を3700とか4000とかいう数字を出してますが、あれも報道されたものをもとにやっている。ヘロルドさんは、現地に行ったわけではなくて、報道をもとにやった調査ですけれども、そういうものも積み重ねていって、ありとあらゆる証拠を積み重ねるということになります。その中には、もちろん人、物、書類があります。
 我々が作る文書も、順次積み重ねていく書証ということになると思います。人証については、取材した難民やアフガンの人達のインタビューの記録ということになります。昨日から何度か出ている、被害者やその遺族を日本にお招きして証人になってもらうのはどうか、というのも出てます。それが可能であればいいんですが、なかなか難しいんではないかなと思ってます。ただ、ベンジャミンさんの話では、今度アフガンの被害者をアメリカにお招きするというプロジェクトが進んでいるということでした。ですから、日本でもやってできないことは無いのかも知れませんので、その辺も含めて物証、書証、人証を積み重ねていくということになります。

G 判決
 次に判決です。判決は、通常の裁判でもそうですが、事実認定と法律論の二本柱です。事実認定は証拠方法で出されたその証拠を確認して文章で整理をするということになります。それをふまえた法律論、この部分は法律家がやることになります。国際的には国際刑法、アメリカとか時にオランダやスイスの法律家に専門家が多いんですが、日本では残念ながらこの戦争犯罪論の専門家というのは非常に数が少ない。というのは、日本では戦争犯罪論の研究というのは非常に手薄だからです。ありていに言って、戦争犯罪論の専門家というのは、刑法学者では私しかいません、というくらいいないんです。
 なぜこうなったかというと、日本では戦争犯罪論の研究をする必要がなかったということです。つまり、日本の刑法学者がそういうことを意識する必要がなかった。東京裁判では、被告人として裁かれる側にいて、終わってもう後は何もしてこなかったわけです。日本人が日本人の戦争犯罪を追及するということをやって来なかったわけですから、日本では戦争犯罪論の追究というのはなかったわけです。もう一つには、憲法上日本には軍隊がないことになっていて、戦争を放棄しているわけです。まあ実際には自衛隊と言う名の日本軍があるわけですが、建前上はないことになっているわけです。戦争しない、軍隊がない、そういう国で戦争犯罪論の研究をする必要がないんですね。これはある意味ではいいことなんですが、ところが他方では、戦争や戦争犯罪についての具体的なイメージがない。これが今の日本社会のネックになっているわけです。従って、若者が戦争についてのイメージを持ってない、戦争犯罪についてのイメージを持ってない。だからマンガで「戦争になれば何をやってもいいんだ。しょうがないんだ」というマンガを書けば、みんながそれに載せられるということになっていくわけですね。そのルールというのを、一般の日本人が知らないからです。国際人道法、国際人権法のルールをきちんとしておかなければいけない。戦後補償をやっている弁護士達も、この間ハーグ条約関連については勉強してきました。ジュネーブ条約については、まだ勉強する弁護士さんが少ないんで数が足りませんけれども。しかし徐々にこの国際刑事裁判所のことで勉強を始めた人たちがいますので、そういうところに声をかけながらやっていければいいだろう、何とか法律論については間に合うだろうと。国際刑事裁判所規定を使えば法律論についてはできるというふうに考えています。
 だいたいこのように考えていますので、この秋から早い者勝ちで、福岡は何月何日にやるとか、仙台は何月何日にやるとか、そういう声を上げ、みんなで声をかけあい、日程調整しながら順次やっていきたい。とりあえずは、明日からの第二次アフガン戦争被害調査、九月の第三次アフガン戦争被害調査の報告を中心に、どこにどんな情報があるのか、この人はこんな情報を持ってるとか、そういうのをみんなでかぎ当てながらやっていけばいいのではないかと考えています。
(了)

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「アフガニスタン国際戦犯民衆法廷」実行委員会 The International Criminal Tribunal for Afghanistan