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被害者3人、アフガニスタンアメリカパキスタンから、証言台へ

深夜、新婚宅を爆撃
証人:Cさん
(アフガニスタン空爆犠牲者の母)

 2001年11月8日深夜、米軍機はカブール市カルテ・パルワン地区にすむ新婚45日目の夫妻宅を爆撃、即死させました。その日に到着した新しいベッドは完全に壊れ、夫の顔はありませんでした。女性への教育を認めないタリバン政権のもと、自宅で隠れて高校生を教えていた娘さんの顔にはひどい火傷のあとがあったと、母親である証人Cさんは言います。
この地区はタリバンの軍事施設から遠く、民間住宅街であり近くには学校もあった。抗議に対して米軍は、「タリバンを狙った。誤爆だ」と説明したという。
Cさんは、瓦礫の下から取り出した娘さんの肖像画を手に語る。「この画のメッセージは『PEACE』です。我々と同じような人間を生み出すなと言いたい」

No War in her name
ボビー・マーシュさん
(「9・11事件」被害者)

「9・11事件」の犠牲者に、改めてその冥福を祈ります。そして、その関係者の方々に哀悼の意を表します。
「9・11事件」以降、アメリカ国内では報復戦争の大合唱が起きました。もちろん、その先頭にいたのはブッシュ大統領です。
しかし、他方にこれとは異なる意見を表明する人たちがいました。その一人ボビー・マーシュさんは、アフリカ系アメリカ人マーガレット・マティックさんの最良の友人でありパートナーでした。マーガレットさんは、ニューヨークに出てきて厳しい条件で働きながら演劇への道を志していましたが、生活維持のためその夢を諦めざるをえなくなっていました。ようやくそれまでより条件のよい受付秘書の仕事についたのは、ワールドトレードセンターへ移転したばかりのジェネラル・テレコムでした。そこに飛行機が衝突したのです。
辛い日々の後、ボビーさんはユニオン・スクエアでマーガレットさんについて語りました。
「アフガニスタンと戦争したってマーガレットは戻らない。軍事行動でどんな平和と安全保障が得られるのか。反テロリストキャンペーンは、単に人種的偏見を増加させ、グローバルなアパルトヘイトを進めるだけではないのか」

抑留の損害賠償を
証人:Dさん
(グアンタナモ米軍基地抑留者)
第8次アフガニスタン戦争被害調査団は、カラコルムハイウェイを北へ、パキスタンの山奥で、キューバにあるグアンタナモ米軍基地に抑留されていた証人Dさんと会いました。
Dさんはイスラム教の一宗派の布教メンバーとして空爆前にアフガニスタン入りしたパキスタン人です。クンドゥズにいた時、空爆を受け、その後ドスタム派に逮捕されました。怪我をしていた人は生埋めにされたと言います。その後トラックでマザリシャリフへ、そして飛行機でカンダハルへ、さらに手足に枷をはめられ後ろ手に縛られ20数時間かけてグアンタナモ基地に運ばれたという。米軍に引き渡されたことは明らかです。
Dさんがいなくなったために、5歳の息子さんは精神に異常をきたし、商売ができず借金がかさんで家を売れと迫られています。
現在、アメリカ政府に対し損害賠償の訴訟準備に入っています。

(証人の安全確保のため、一部本名を伏せ、写真を暈しています)

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「アフガニスタン国際戦犯民衆法廷」実行委員会 The International Criminal Tribunal for Afghanistan