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 第9回公聴会(広島)証言者 石田明さん逝去

ご冥福をお祈りします。

 第9回公聴会(広島)で証言された、全国原爆被爆教職員の会会長の石田明さんが、27日午後、逝去されました。
 石田さんは、1928年広島生まれ。1945年8月15日、17才の時、爆心地から730メートルの地点、超満員の市内電車の中で被爆されました。
 1946年より教職に就き、1969年広島県被爆教師の会、1972年全国原爆被爆教職員の会を結成し、いずれも会長に就任。この間、原爆症認定を求めて石田原爆訴訟を提起、1976年勝訴判決を勝ちとられました。
 自らの被爆体験を踏まえた「原爆被害と国際法違反について」と題する第9回公聴会(広島)での証言は、ICTA発行の公聴会記録第6集に掲載されています。ぜひ、お読み下さい。
 ここに、その一部を掲載するとともに、ご冥福をお祈りします。


“ピカッ”
巨大なハンマーが電車の上から叩きおろした
真暗闇だ
音もなく 人も 周囲も すべて固い恐怖の沈黙の瞬間
……
はっと自分にかえる
手も足も 何かで重い 動かない まっくらだ
たくさんの人が自分の上に重なっている
かすかなうめき声が重なっている ―
ようやくはい上がろうと もがく
だんだんと うす暗く視界が一メートル 二メートルとひろがる
軍服は人の血でべっとりぬれ
動かない人の体が 車床に重なりかぶさりあっている
逃げよう―

 

広島駅の方に向かって 逃げる
広い車道に 歩道に 瓦が散り 柱がさけ
電柱が倒れ その下にやわらかい
まっくろく焼きただれた人体が
今の今まで いっぱいに歩いていた人たちが 声もなく
サンマの黒こげのように ころがっている
男 女 およそけんとうもつかない

 

両側の屋根はくみあって押しつぶれ
全く道の跡もない
その上を逃げる
“助けてくれー
“お母さんー
“お父さんー
“だれか来てー
屋根の下から 絶叫が
哀願のきりきり声が
私の逃げる足を引っぱる
私たちだけでは どうしようもないのだ
あちこちから火の手があがる
この絶叫も 生きた身体もろとも熱い炎に
次々と焼きつくされていく
だが わたしにはどうしようもないのだ……
この叫びは 永遠にわたしの耳底に刻まれている

 

 今日、核の脅威のなかで生きる人間の生存のための最低条件、生命及び人権の安全保障は「核兵器廃絶」であります。核戦争につながるいかなる「戦争」も、いかなる軍隊も武力も地球上から廃絶することにあります。
 ヒロシマを繰り返してはならない。そのヒロシマの要求はもとより、ウラン弾は放射能兵器であり、断じて許さず、その保有をヒロシマは糾弾し廃絶を求め続けます。
 それをつくり持った非人道的人間の存在を、人類の生存のために国際的に裁き、断罪すべきです。ヒロシマはヒロシマの名において、国際法廷に大量破壊の殺人行為として求刑し、実刑を求めます。


 

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「アフガニスタン国際戦犯民衆法廷」実行委員会 The International Criminal Tribunal for Afghanistan